樹の海

映画「樹の海」 瀧本智行

あらすじ(ネタバレなし)

富士山麓に広がる青木ヶ原樹海。この自殺の名所で繰り広げられる4つのエピソードが綴られる。
5億円の金を横領し、暴力団によって樹海に捨てられた朝倉正彦。
借金を返せなくなり、自殺のために樹海に入り込んだ北村今日子を探しに行く借金取りのタツヤ。
娘の自殺の理由を知りたいという依頼を受けた探偵の三枝清と、その娘の持っていた写真に映っていたサラリーマンの山田敏男。
元ストーカーの手島映子。

人の生き死にをテーマにした群像劇。
2004年東京国際映画祭日本映画・ある視点部門作品賞・特別賞受賞作品。

感想(ネタバレなし)

「この監督、好き勝手やらしてもらったな!」っていうのが一番の感想でした。

映画などの映像作品は、監督も俳優も「セリフ以外のところを表現する。」というのを信念にしている方が多いようなのですが、この監督、言いたいことを片っ端から俳優に言わせてました。
もう喋る喋る。樹海の中を歩きながらずっと電話で話をするシーンが続いたり、居酒屋で向かい合いながら2人でずっと話をするシーンが続いたり、首をつった死体に向かってずっと1人で話しかけるシーンが続いたり、「なぜこれを映像化した?」っていうのが一番の感想です。これはどちらかと言うと小説向きのお話なのでは。

ですがそれとは対照的に、最後の元ストーカーのエピソードは、セリフを削った、映像で訴えかけてくる作りになっていました。
この対比はすごく極端で、だからこそ最後のエピソードは強く印象に残りました。

テーマは「命」と「自殺」。命がテーマの映画は、「泣かせてやるぜー!」っていう映画が多いのですが、この映画はお涙頂戴演出は全然ありませんでした。監督が訴えかけたいことをバンバン詰め込んでいるのですが、その訴えかけ方が非常に自然で、見ている側に何かを強制させたりはしません。それは「泣く」という点においても。
この雰囲気はすごく好感が持てました。

派手な演出なんかはないのですが、「生きる」ということについてを自然と考えさせられ、スッと心の収まっていくような映画でした。

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの映画を見ていない方はご注意ください。


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まずは出演者のお話から。
正直、小嶺麗奈には驚きました。小嶺麗奈には派手なイメージがあるのですが(たぶん金八先生の影響)、口数の少ない儚い雰囲気の女性を見事に演じていました。
同様に派手な役のイメージがある井川遥も、儚げな女性を美しく演じていました。
どちらの女性もこれから自殺をしようとしているので儚げなのは当然なのですが、その壊れやすそうな危うさの中に、ハッとするような美しさを感じました。もしかしたらこの監督、儚げな女性を美しく撮る天才なんじゃないかと思います。
特に小嶺麗奈は美しいだけでなく、演技の方も非常に素晴らしかったです。まぁ、ほとんど喋りませんけど。

最後の井川遥のエピソードは、私が大好きな大杉漣も、余貴美子も出ていて大変満足です。痴漢被害を受けた女子中学生に、ハンカチを渡すシーンの大杉漣が最高にかっこよかったです。
この女子中学生、スカートに白く濁った液体をかけられていて、駅の隅でしゃがんでシクシクと泣いていたのですが、それを見ていた大杉漣が、自分のハンカチとネクタイを差し出して、「これを使いなさい。」って言うの最高すぎる。こんなおじ様いたら惚れてまうわ。
そして、井川遥が働いているキオスクでネクタイを買って仕事へ向かう。

このエピソードは「ネクタイ」が小道具として大活躍していました。
キオスクでも全然売れないネクタイ。しかし、ちゃんと必要とされて買われていったネクタイ。それは、どんなに売れない(必要とされていない)物でも、かならずどこかで誰かに必要とされ、何かの役に立つことがあるということを暗示していました。あ、いや、これそのあとで井川遥に言わせちゃうんですが。暗示しただけでなくて、ちゃんとセリフとして言わせちゃうのがきっと瀧本智行という監督なのでしょう。(すみません、他の作品は分かりませんが)

最後、井川遥はネクタイを使って首をつろうとするのですが、ネクタイが解けて自殺に失敗してしまいます。そして、自殺を失敗した身に、上からそのネクタイが落ちてくる。ネクタイが言ってくれた「死ぬべきではない。」だと思いました。ここはネクタイなんで喋りませんでした。ちゃんと暗示で終わらせてくれました。
この場面のフワッとした感じの感動は凄く好きです。派手な演出も、盛り上がるBGMもない。ただネクタイがフワッと落ちてきて、見ている方はフワッと感動する。

全体的にこういうフワッとした感情を与えてくれるシーンが多かったと思います。

暴力団にポイ捨てされた朝倉正彦(萩原聖人)のエピソードは、朝倉が、樹海で自殺してしまった田中哲治に一人語りをするだけのエピソードなのですが、その田中さんの僅かな所持品とメモから、朝倉はいろいろなことを感じていきます。樹海から生きて帰っても、暴力団に追われて殺されるか、警察に追われて捕まるかしかないのだからと思い、その場にいることを決意するのですが、もう死んでしまっている田中さんに心を動かされます。

田中さんの詳しい話は語られないのですが、何かのミスで大金を失い、家族に保険金を受け取ってもらうために自殺するということだけが語られます。
そんな田中さんに朝倉は「田中さん。田中さん。」と呼びかけながら、自分のことを語っていきます。
「田中さん、それで良かったの?」とか、自殺を止める機会があったにも関わらず、逃げてしまった自分を思い出して、「田中さん、止めてあげればよかったかな?」とか。
そうして田中さんのことを想いながら、自分を見つめなおしていく。
田中さんの遺体が発見されなければ保険金が下りないということに気付いた朝倉は、田中さんのために樹海を出ることを決意します。

誰かのためを思うことで生きる決意をした朝倉の姿を見て、フワッとした感動を受けます。本当に死んでいる田中さんに話しかけるだけのストーリーなのに。

借金取りのエピソードは、池内博之と小嶺麗奈の演技が良かったという印象しかありません。
ヤクザ口調の乱暴な物言いの裏に、哀愁や淋しさを忍ばせた演技をした池内博之の演技は好きでした。ちょっと演技がしつこかったかなとも思いましたが。
小嶺麗奈は最初の方で書いた通りです。美しかったです。
自殺をしようとする女を追いながら、自分の内面を見つめなおして、「さあ、生きていくぞ!」という気持ちを感じさせる、心地の良いエピソードでした。

自殺の理由を探っていた探偵の話は、「すでに自殺関係ないだろ?」と思いましたが、塩見三省の演技に助けられたエピソードだなと思いました。
大事な話をしている最中に居酒屋は閉店時間になってしまうのですが、レジを早くしめたくて会計を迫る態度の悪い店員に対して、「人の生き死にの話をしているんだ!」と怒鳴るシーンは、この映画の一番の泣きシーンだったと思います。
基本的に居酒屋で2人で話をするだけのエピソードを、ずっしり重いエピソードにした、最高のシーンだと思います。

どのエピソードも、「生きてればきっとそのうちいいことがある。」とか、「人は誰もが誰かに必要とされている。」とか、そういう散々言われ尽くしたことを訴えているのですが、直接言葉で言われても「ああ、それな。」と思うようなことを、いかに心に染み込ませるかに挑戦しているように感じました。そういえば最初の方のシーンで、借金取りが樹海に掲げてある「思い出してください。大切な人たちの顔を。」みたいなことが書かれている看板を見て、「こんな言葉、心には届かねぇよなー。」みたいなことを言っていたの、もしかした「この映画はこれに挑戦していくよ!」っていう挑戦状だったのかもしれませんね。

「命」や「生きること」を静かに訴えかける監督の気持ちが、よく伝わってくる映画だったと思います。「静かに」って言いながら、キャラクターはメチャクチャ喋りますけどね!

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛する一般人。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない濫読派。
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