あらすじ(ネタバレなし)
一度記憶を失い、その後、あるはずのない記憶が思い出される女・朱美。住んだことのない海辺の家の、幼いころの記憶。聞いたこともない地名の記憶。歌の記憶。
そんな折、自分が前の夫を殺し、首を切ったのではないかという疑いまで持ち上がる。
その後、牧師の白丘(しらおか)と元精神科医の降旗(ふるはた)に語った朱美の告白は、驚くべきものだった。蘇って訪ねてきた前夫。蘇った前夫に犯され、蘇った前夫を殺し、首を切った。しかしその後、前夫は再び朱美の元を訪れ、朱美は再度絞め殺し、首を切る。
海で見つかるドクロ、山中での集団自殺など、様々な事件が折り重なり、事件は混沌としていく。
感想(ネタバレなし)
「こんな物凄いミステリー小説を書ける人間がいるのか!」というのが、読後の最初の感想でした。
私はそれ程好んでミステリー小説を読む人間ではないので、そのせいで衝撃が大きかったという可能性はあります。ですが、多くの物語に出会ってきて、そうそう強い衝撃を受けることも少なくなってきた私が、久しぶりに受けた強い衝撃でした。
まず、京極夏彦の小説を読んだのが、これが初めてです。この人はいつもこんなに凄いミステリーを書く人なのですか?本屋さんで、「これだ!」と思って、何の根拠もなく直感で選んだ本だったのですが、少なくとも、一発で私を京極夏彦ファンにしてしまうインパクトを持った小説でした。
初めての京極夏彦ということもあるのでしょうが、物語の3分の2が終わるくらいまで、ジャンルすらはっきりとしませんでした。これはミステリー小説だろうか?これは怪奇小説だろうか?
ミステリー小説なら、経過やトリックを順序立てて説明できなければなりません。怪奇小説ならば、不思議現象としてトリックを説明する必要はありません。しかし、どう考えても不思議現象としか思えないような事件が次から次へと発覚してくのです。
死人が蘇り、死人を殺して首を切るのですから。そんな馬鹿なです。
物語は序盤、様々な人物を主人公にして、それぞれの立場から事件に関わっていきます。関係のない事件がボツボツといくつか語られていくように感じます。
ですが、関わってくる人間や、事件の細かい部分で、少しづつ共通項が出てきます。「あれ、この人ってさっきの人の話に登場してきた人だ!」という感じで、少しずつつながっていきます。しかも、少しずつつながっていく中で、新しい事実も少しずつ明らかになっていきます。
ですが、新しい事実が分かってくるごとに事件が明らかになってくるかというと、そんなことは全然なくて、逆に謎が謎を呼ぶうえに、どんどん事件の大きさが広がっていって収拾がつかなくなっていきます。「ちょ、ちょっと待って!この事件本当に解決するの??」ってなっていきます。
風呂敷をバアーっと広げて、「こりゃ無理だ、お手上げだ。完全に妖怪のせいだ。」と思わせます。それで「ミステリー?怪奇?」ってなるわけです。
基本的にミステリー小説の謎解きを早々に諦める私ですが、「妖怪のせい」と思わせた小説は、狂骨の夢が初めてでした。かと言って、全く手がつけられなかったわけではなく、適度に謎解きは楽しませてもらいました。
ストーリーやミステリーの素晴らしさもあるのですが、出てくるキャラクターたちも魅力的でした。どのキャラクターもキャラが立っていて素晴らしかったです。
特にお気に入りは、探偵の榎木津です。馬鹿みたいなことばっかり言っているフザけたキャラなのですが、馬鹿みたいだからこそ言える真理のようなものを時々言い放ちます。しかも爽快に。豪快に。
こういったキャラクターたちも、物凄いミステリー小説を彩っていました。
怖い話や怖い事件がメインとなっていますが、このキャラクターたちのおかげで、楽しく読み進められました。
ちらちらと「先の事件」とか「前の事件」とか出てきて、「なんだろう?」と思っていたのですが、これってシリーズ物だったんですね。「百鬼夜行シリーズ」というのですね。つまり、このキャラクターたちとは、また別の作品で会えるということですね。
初心者京極夏彦ファンとして、まずはこの百鬼夜行シリーズからボチボチと読んでいきたいなと思っています。
感想(ネタバレあり)
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自分用健忘録に、ミステリーの解説を書いておきたいのは山々なのですが、全部書いたら2万字くらいになりそうです。あきらめます。少しだけにしておきます。
物語序盤から朱美という人物が2人出てくるのですが、はっきりと別人とは書いていませんし、同じ記憶を持っていますし、「あれ?やっぱり同一人物なのかな?」とか、「二重人格か?」とかも思いましたが、結局やっぱり別人でしたね。
本物の佐田朱美(さだあけみ)と、もう一人は、自分が朱美だと思い込んでいる宗像民江(むなかたたみえ)でした。宗像民江は奉公に出た造り酒屋ではドン臭いと虐められ、それに加えて、宗教的儀式として毎晩毎晩薬物による洗脳とセックスを強要されていました。川に流されて死にそうになったことがきっかけで、その宗像民江としての記憶を封じ込め、唯一自分と仲良くしてくれた朱美の記憶を上書きしました。朱美本人から聞いた話や、自分を助けてくれた宇多川崇(うだがわたかし)から聞いた朱美の話を総合して、自分の中に朱美像を作り、自分自身をも欺いていました。
理不尽で悲しいお話です。
実は、佐田朱美の夫・佐田 申義(さだのぶよし)が殺されて首を切られた事件は、わりと単純なお話でした。
真言宗立川流の儀式に必要なドクロの話を、民江は、仲間の鷺宮邦貴(さぎのみやくにたか)と間違えて、佐田申義に話してしまう。父の病気の治療薬としてドクロを欲していた申義は民江に近づき、民江は申義に恋心を抱く。立川流の人たちは、民江と申義が一緒になることに問題があったため、民江と仲が良かった朱美を申義と結婚させる。
申義は、ドクロに興味があっただけなので、民江に親しい人間と一緒になることは歓迎だったのです。
兵隊に行くことになった申義は焦ります。民江の協力のもと、立川流の人たちが持っていたドクロを盗み出します。民江は次第に、申義が興味があるのは自分ではなく、ドクロだけだということに気づき、更に、自分たちのドクロを中々返してもらえないことにも不満を持ち、口論になり、揉み合い、申義を殺してしまう。
その後民江はそのドクロを立川流のもとに返すべく、逗子へと向かう。民江は途中で朱美と出会い、朱美は民江が持っているドクロが申義のものに違いないと勘違いをし、ふたりは揉み合い、川に落ち、流されてしまう。
朱美は元憲兵の一柳史郎(いちやなぎしろう)に助けられ、民江は作家の宇多川崇に助けられる。
ですが、民江が自分を朱美だと思い込んでしまったことで、話がややこしくなってしまいました。どの人物も、この事件を朱美側の視点からの話として聞くことになったからです。
事件の大筋では、この「民江が自分を朱美だと思い込んでしまった」ことと、「民江が人の顔を識別できなかった」ことが分かれば、それ程複雑ではなかったのです。何度も蘇る前夫も、結局別人だったわけですし。顔の違いが識別できないので、服と背格好が似ていたために同一人物だと勘違いしたってだけのお話ですし。
ですが、風呂敷の広げ方がこれだけでは終わらなかったのがすごいところです。
後醍醐天皇の末裔だとしてドクロを求める立川流の面々。
建御名方の復活を目論む神主たち。
父親の病気を治そうとする佐田申義。
民江の復讐を企てる民江の兄・宗像賢造(むなかたけんぞう)。
こういった勢力がドクロを巡って絡まり、お互いの知らない所で、様々な事件を引き起こしていました。
ここまで解説を入れてしまうと、2万字必要なのでやめておこうとおもいます。時間も3日くらいかかりそうだし。
それにしても、宗教にはいろいろなものがあるんだなと思いました。一言に「仏教」と言っても、その宗派は無数にありそうですし、歴史の中で宗教は利用され、様々な形に変化していったのですね。それは仏教に限らず、神道やキリスト教も。
狂骨の夢では、仏教も神道もキリスト教も登場しますし、その歴史や種類についても多く言及されていました。正直、すごく面白かったですし、勉強になりました。
お話の中では人が何人も死ぬことになりますので、「宗教は怖い」という印象を受けがちですが、バシバシと謎解きをしていく中禅寺は、宗教そのもののことは悪く言っていませんでした。
ドクロを本尊とするために、ドクロの前で何度も何度も何年も何年もセックスをするというキチガイじみた立川流にさえ、「その信念は、命をつなぐことにある。」や、「女性を重んじる宗教は少ない。」といった、肯定的な意見を並べていきます。
ただ、それを政治に利用したのが悪いのだと、政治の方を断罪します。長い年月をかけて大変な儀式を行うのは、その過程で悟りを開くためである。それを後醍醐天皇家の復権という政治に利用したことで、「宗教は怖い」になった。
この意見には私も大いに賛成していましたので、中禅寺さん大好きになりました。とか言いながら、私は宗教を持っていませんが。
敢えて言うと、神道が好きだというくらいです。巫女さん好きだし。(動機が不純)
書かなければいけないことはまだまだたくさんある気がするのですが(文庫本950ページくらいありましたし)、これくらいで我慢しておこうとおもいます。
最後に、ラストシーンでメチャクチャ笑ったので、これだけ書いておこうと思います。
佐田朱美は嫁いだ先で父親の病気の看病をすることになるし、夫が兵役忌避で逃げた(と村人たちが勘違いした)せいで村八分になるし、憲兵には酷い拷問受けたうえに陵辱されるしで、申義と結婚したせいで大変な苦労をすることになります。そのうえ、申義が朱美と結婚した理由がドクロだったと後で分かるわけです。
ですが、朱美は、民江が持っていたドクロを申義のものだと勘違いして奪い返そうとします。本人ならともかく、ドクロを奪い返そうとしたのです。さて、朱美の申義に対する想いとは?
そしてラストシーン、朱美の手に申義のドクロは戻ってきます。朱美はそのドクロの入っていた箱の蓋を取って投げ捨て、箱も風に飛ばします。手にはドクロだけが残りました。
”朱美は髑髏(ドクロ)を不思議な顔で眺めて、いきなり凄い勢いで砂浜に叩きつけた。
「お前なんか大っ嫌いだッ!」”
このシーンは声を出して笑いました。最後の「ッ!」が勢いを増していて最高でした。読んでいたのが電車の中でなくて本当によかったです。
ドクロを巡った、ドクロの不気味で悲しいお話が、この最後のドクロのシーンで台無しでした(褒め言葉)。