あらすじ(ネタバレなし)
第1回メフィスト賞を受賞したミステリー小説。
研究室のゼミ旅行で、妃真加島(ひまかじま)を訪れた犀川創平(さいかわ そうへい)たち。その島には、ハイテクな研究所・真賀田研究所が建っていた。
その研究所で、長年隔離されて暮らしてきた天才博士・真賀田四季が殺されるという事件が起こる。真賀田博士は手足を切断され、ウェディングドレスを着た状態で、隔離された部屋から台車に乗って現れる。
偶然その場に居合わせた犀川と、その恩師の娘・西之園萌絵(にしのその もえ)が、完全な密室殺人の謎を解き明かそうとするのだが・・・。
感想(ネタバレなし)
もう、タイトルでやられます。「すべてがFになる」。このタイトルが目につかないわけがありません。
しかも目につくタイトルを闇雲につけたわけではありません。このワードが物語の重要ワードだったりします。恐ろしい!
もともとは森博嗣のスカイ・クロラシリーズを買い集めてる時に、チラチラタイトルが目に入って来て気になっていました。それがアニメ化ということなので、これを機に買ってきました。
まず、謎解きミステリーとしては最高に面白かったです。私は謎解き系が苦手で、難解だとすぐに諦めて読み進めてしまいますし、かといって謎解きが簡単すぎるとつまらないと感じてしまうという、超我がままです。
今回の謎解きは(私にとっては)超難解で、「いや!これは不可能だよ、君!」という、ミステリー小説によく登場する無能刑事のセリフを吐いてしまいそうになりましたが、でも諦めずにウンウン言いながら悩んでしまうような魅力がありました。ハイテク関係のミステリーは初めて読んだので、新鮮さもあったのかもしれません。
さて、その「絶対無理だよ、君!」な密室殺人ですが、孤島という限られた空間で、コンピューターに完全管理された、窓のない研究所という密閉空間で、人間の目でもコンピューターでも監視されていたドアの中という密室で行われます。誰も入ることも、出ることもできない密室。
もうこの時点でお手上げなんですが、「はい、お手上げです。」と手を上げさせないような魅力がありました。
登場するキャラクターも魅力的でした。
まずは犀川先生。世間のことにあまり興味がなく、研究一筋な研究人間。でも、そこからでこそ見えてくるような視点で物事を見ている人。所々に魅力的なセリフが登場します。シュール系を主体としたユーモアのセンスもレベルが高いです。
続いて西之園萌絵。暗算が超速いうえに超お嬢様。発想が豊かな天才肌。あまりにも世間との常識がずれていて、それ故に天然ギャグを発揮してくれる。
そして誰よりも、真賀田四季博士。正真正銘の天才。頭の中が違いすぎて、その思考には読者は全くついていけず、そこに神秘性を感じる。セリフのひとつひとつが力強く、それ故に怖い。
他の端役も、魅力的なキャラクターが多かったです。孤島の研究所ということで、世間から離れて研究に打ち込むことに幸せを感じるような、ちょっと変わった人たちが集まっていますので、ちょっと変わった面白いキャラクターが多かったです。
ミステリーに焦点が当てられがちですし、実際私もミステリーとしての面白さを感じましたが、この小説にはもうひとつ大きなテーマが含まれていました。
「バーチャルかリアルか」です。ネットが発達し、いつどこにいてもネットワークで繋がっていられる時代。そのうち、人と人が直接会うことに意味はなくなるかもしれない。動かなければ省エネにもなるし、時間の短縮にもなる。実際に触れ合った感触も温かさも、コンピューターを使えば再現できる。さて、それでも人がリアルの世界で生きる意味はあるのでしょうか。
感想(ネタバレあり)
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最後の最後の最後まで、犯人は全く予想できませんでした。
健忘録的に、事件とトリックの概要を書いてみようと思います。自分用の解説ということで。間違っている所や抜けている所がありましたら、指摘していだだけると助かります。
真賀田四季博士、本当は四季の娘だったわけですが、彼女が部屋から出てきた所を基準として書いていきます。
まず15年前の話から。四季は、真賀田研究所の現所長・新藤清二(しんどう せいじ)と愛し合っていて、子供を身籠る。四季はそれを両親に言うが、当然酷い叱責を受ける。しかし四季は自分がなぜ責められるのか理解ができなかった。
四季と新藤は、四季の両親の殺害を決心。しかし四季にはできず、新藤がふたりを刺し殺す。警察には、四季が両親を殺害し、新藤がそれを止めようとしていたということにする。四季は心神喪失で無罪になり、それ以来真賀田研究所の部屋に籠もって出てこなくなる。
四季はその部屋で子供を出産し、新藤以外の誰にも気づかれずにその子を育てていく。
四季は萌絵に、両親を殺した時の状況を、「お人形がやったのです。私、それを見ていましたの。」と語っていますが、これは心神喪失をアピールするための四季の演技だったのでしょうか。四季は多重人格者であると言っていますが、これは本当だったのでしょうか。物語の最後に、四季は犀川に向かって、「まだ何人かお持ちなのでしょう?」と語っています。
これは私なりの解釈ですが、本人が認識していなくても、人は誰でも何人かの人格を持っていて、その集合体として個人が成り立っているということだと思います。日本人は液体的にミックスする集合体、欧米では個体的にジョインする集合体というようなことも語られていましたし。四季は天才だったので、しっかりとその人格たちを認識していた。つまり、多重人格者ではあるけれども、それは多くの人がそうで、他の人格を認識できるかどうかの差しかない。ということで、納得しておくことにします。
続いて7年前の話。四季は研究所専用のOS・レッドマジックのバージョン4の開発を終え、研究所のシステムに組み込む。この際に、7年後に起動するシステムを組み込んでおく。いわゆるトロイの木馬的なウィルスを仕込んでおく。コンピューター内の時間が1分ずれるように、P1と呼ばれる台車が動くように、電話やメールが外に送られないように、屋上のエレベーターハウスのドアが開くように。
レッドマジックの暴走の原因を探そうと思ったら、普通は外部から入れたソフトなんかを調査しますからね。まさかOS本体に仕組まれているなんて、少なくとも最初は誰も疑いません。全ての人を騙した圧巻のトリックでした。
そして事件の少し前、四季は西之園萌絵と、ディスプレイ越しに話をすることになる。この時話をしたのは実は四季ではなく、その娘です。わざわざ部外者に会ったのは、娘の姿を四季だと認識させるためだったのでしょうか。ああ、でも、事件当日に萌絵が居合わせたのは、四季にとっては予想外だったのでこれは違うか。四季が本当に興味があって話をしたのか。
事件の2,3日前から。真賀田四季は自分の娘を殺害。それが本物の四季でないことが指紋から露見しないように、両手を切断。偽装のために両足も切断。細かくしてダストシュートに捨てる。娘の死体を台車の上に固定して当日に備える。
事件当日。予定通りレッドマジックのシステムが暴走。部屋のドアが開いて、娘の死体が台車に乗って廊下へと移動。みんながそれに注目しているうちに、四季はエレベーターに乗る。ここのビデオ記録は、コンピューター内の時間が1分ずれることによって記録が上書きされ、四季が映ったデータは残らなかった。ファイル名が日時になっていたため、同じ時間として記録されたものに上書きされてしまいました。
四季はまず所長室へ行き、「四季の妹をヘリコプターで連れてきた。もうすぐ到着する。」という旨のメールを、所長名義で送信する。続いて屋上へ行き、レッドマジックの暴走で開いたドアを通って所長の乗ったヘリコプターの元へ行き、後ろからナイフを刺す。そして、今到着した体で四季の妹を演じる。
ずっと会っていなかった研究所の所員も、四季だと思って四季の娘と話をしていた萌絵も、それが四季本人だとは気がつかない。
瀕死の所長も、愛する四季を想って、正に決死の演技を続ける。
この一連のトリックはちょっと難しいですよね。所長は詳しい作戦は知らなかったでしょう。もちろん自分が刺されることも知らなかったでしょう。でも四季を想って演技をした。もし所長が演技をしてくれなかったり、一刺しで死んでしまったりしていても、いくらでも誤魔化しようがあったでしょう。誰もが四季本人であることに気がついてませんから。返り血は大丈夫だったのかな?っていう疑問はありましたが。
でも、エレベーターに乗る時にうっかり見つかってしまったら完全アウトでしたよね。確かに全員強烈なシーンに釘付けですが、誰かがうっかり振り返ることはありえますから。7年以上かけた、天才の綿密な計画にしてはちょっとリスクが多きすぎた気がします。
さて、四季と所長の打ち合わせの仕方ですが、これは盲点をつかれました。まさかアナログ無線だったとは。所長はヘリコプターの無線を、四季はテレビのアンテナにつないだ無線を自作して連絡を取っていました。デジタルづくしのハイテク研究所で、まさかのアナログ無線。これは誰も気づかないと思います。なんだかダイ・ハード4.0を思い出しましたね。最後に頼りになるのはアナログ無線。
真賀田四季の死は本当は隠蔽されるはずだった。少なくとも1週間は隠蔽されるはずだった。真賀田四季は研究所の頭脳でした。1週間後に終わるNASA関連のプログラムを考えれば、必ず事件は隠蔽される。1週間あれば、四季の妹であることを偽装している四季にはどうとでもできる。だが、四季の予想に反して、そこには犀川と萌絵という部外者がいた。だから四季(本当は四季の娘)が死んだことは、すぐに警察に伝わってしまう。よって、四季はこの場から逃げる必要が生じた。
四季が利用したのは、次の日にやってくることになっていた記者です。記者が来るなら船が来る。犀川と一緒に来ていた学生たちに紛れて船に乗ることができる。
しかしここで、副所長の山根が、レッドマジックに仕掛けがあったことに気付いてしまい、OSを切り替えようとする。OSが切り替われば外部と連絡が取れて、警察が来てしまう。記者を乗せた船が来るまでは時間をかせがなくてはならない。
四季にしては短絡で行き当たりばったりな感じがしますが、やむを得ないでしょう。かわいそうな副所長。優秀だったばっかりに殺されてしまうなんて。
四季はその後、山根になりすましてチャットをしながら、のらりくらりとOSの切り替えを遅らせ、OSを切り替えた後は、レッドマジックの管理から外れた研究所を悠々と出て船に乗り他の島へ、そこから船を乗り継いでどこかへと姿を眩まします。
その後、バーチャル空間で四季も含めた大勢が集合して謎解きをしますが、その時はすでに四季はどこか別の場所です。別の場所のコンピューターからログインしてバーチャル空間に集合しました。
場所に縛られないネットの素晴らしさです。
なんか凄く書き忘れたことがあるような気がします。こんな感じだったと思います。
何が素晴らしいって、絶対無理だと思ったトリックなのに、種明かしをしたあとに「いやー!それは卑怯ですわー!」って思う所がほとんどないことです。あるとすれば、所長が決死の演技をするところです。でもあれもプランBがありましたから。たまたまそっちに転んだってだけで。ちゃんと、「うん、なるほど。」と思える種を用意してくれていました。気持ちよかったです。
ああ!大事なことを書き忘れてた。タイトルの「すべてがFになる」の意味ですね。いや、これも鮮やかでした。やられました。まあ、プログラミングに詳しくない私が気がつくわけがないのですが。
コンピューターのプログラミングにおいて、数字は16進法の4ケタで表すそうです。
さて、16進法とは一体何でしょう。普段私たちが使っている数字は10進法です。0から9まで10個の数字が続き、それより大きくなるとケタが上がって「10」になります。10個の数字でケタが上がるの10進法です。ということで、16進法は、0から15まで16個の数字が続くと、次にケタが上がって「10」となります。ただし、このルールの元では、9の次は「A」、その次が「B」、その次が「C」「D」「E」「F」と続きます。16進法でいう「F」が、10進法での「15」になります。
プログラミングの16進法で「FFFF」となるのを10進法で表すと、「16×16×16×16=65536」。レッドマジックが暴走する65536時間前は、7年前のレッドマジックが稼働した時間だったのです。
レッドマジックを稼働させた時から、16進法で「FFFF」時間後になった時にシステムが暴走するように仕組んでおいた。だから「すべてがFになった」のです。
これに絡んで、四季は数字の孤独の話をしていました。
「1から10の数字を2つのグループの分けてかけ算をした時、その積が等しくなることはない。片方のグループには7がいるけど、もう片方のグループには7がいないから。だから7だけが孤独。」
どういうことでしょう。
例えば、かけ算をして答えが12になるものを考えてみましょう。
「2×6」「3×4」。でもどちらももっと細かいかけ算にすると、「2×2×3」「3×2×2」で、「2」がふたつ、「3」がひとつになります。
つまり、同じ積にするためには、必ず同じ数字が、同じ個数だけなければいけません。
それを踏まえた上でさっきの「1から10」の話を考えると、「2、4、6、8、10」は仲間ですし、「3、9」は仲間ですし、「5、10」は仲間ですし、「1」はだれとでも仲間です。つまり「7」だけが孤独です。
それに付け加えて、四季は「BとDも」と言います。このBとDはさっきの16進法です。16進法のBとDは、10進法の11と13です。16進法では「7、14」が仲間です。「12、14」は「2」の仲間に入れます。「5、15」が仲間です。だから、11と13、つまりBとDが孤独なのです。
こういう数字あそび的なのは面白いです。大好きです。
さて、散々トリックの話をしておいてアレなのですが、私がこの作品で最も心に残ったのは、「バーチャルかリアルか」というテーマです。
犀川先生は断然バーチャル派でした。無駄なしがらみもなくなるし、くだらない会議のために移動する必要もない。ネットで繋がっていれば、遠くの場所の人たちともリアルタイムで会議ができる。ここでは、距離は物理的な距離ではない。人は人に干渉しなくなるし、人への干渉は贅沢品になるだろう。そもそも干渉されなくなることを、人は望んできた。現代に生きる人間には倫理的に受け入れられないだろうが、生まれた時からバーチャルに慣れ親しむ世代には受け入れられるだろうと。
それに対して萌絵は反論します。それでも犀川先生と側で話していた方が楽しいと。しかしそれは感覚的なもので、論理的に説明はできずに黙ってしまう。
しかし物語の最後で、断然バーチャル派だと思い込んでいた四季がとんでもないことを言います。
犀川は四季に問います。「貴方は、死ぬために、あれをなさったのですね?」「どうして自殺なされないのですか?」
それに対する四季の答えはこうです。「たぶん、他の人に殺されたいのね。」「自分の意志で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意志ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」
まさか「死」という場面に他人の干渉を望むというぶっ飛びぶりです。
四季は考えがぶっ飛びすぎてて、結局今回の事件の動機を私は理解できません。まさか本当にあそこから出るためだけに3人も殺したとは思えません。きっと何かあるのです。きっと。
少し話が飛びますが、私は「ミチル」という名前のロボットが大好きでした。寝室のドアの鍵を開けるロボットです。あとで語られますが、あれは、子供が寝室のドアを内側からかけたまま眠ってしまった時のために作られたロボットだと。もちろんこの推理には反論があります。「バカバカしい。それなら鍵を取り去ってしまえばいい。」。
しかしこの意見に犀川は反論します。「小さな子供は母親に反抗して鍵をかける。しかし、すぐに眠ってしまう。真賀田博士は、鍵を取り去らなかった。子供に鍵をかけることは許したのですね。」
これはどう見ても、四季が自分の子供のことを思っての行動です。
このエピソードを聞くと、四季は、ただ部屋から出るためだけに子供を殺せるような人間ではないように感じます。
本当に謎の多いキャラクターです。思考回路も全然分かりませんし。そこが魅力的で、惹きつけられます。
四季は、あの島を出てから、犀川に会いに行きます。そして、自首することを仄めかしたうえに、「これから犀川先生を尾行していた刑事の元へ行く。」と言って、犀川と別れます。でもこれは嘘でした。
犀川の尾行は、前日で終わっていたから。四季の工作によって。
つまり、今回の事件においては、犯人は自白していないのです。嘘が含まれている可能性がかなりあります。ほぼ全てが、犀川の推理です。犀川の推理を裏付ける証拠はいくつか出てきますが、全てが裏付けられるわけではありません。
この、最後まで煮え切らない感じが良かったです。スッキリしきらない。モヤッと感が残る感じです。
なんと驚くべきことに、この犀川・西之園コンビのシリーズは全部で10作あるのだとか!!!そしてこの「すべてがFになる」はその1作目だと!!!長い道のりになりそうですが、残念ながら(?)続編を読まないという選択肢はありません。もう、このふたりも四季博士も大好きになってしまいましたから!
そこで四季のことをもっと知れたらいいなと期待しています。