劇場版 境界の彼方-ILL BE HERE-未来篇

映画「劇場版 境界の彼方-ILL BE HERE-未来篇」 石立太一

あらすじ(ネタバレなし)

テレビアニメシリーズ「境界の彼方」の続編(「劇場版 境界の彼方-ILL BE HERE-過去篇」の感想はこちら)。境界の彼方は神原秋人(かんばらあきひと)の中に戻り、栗山未来(くりやまみらい)も学校へ戻ってきて、秋人たちはいつもの日常を取り戻した。ただひとつ、栗山さんが記憶を失ったことを除いて。秋人は栗山さんのことを思い、過去のことや秋人と栗山さんとの関係のことを隠しておこうとする。そんな中、異界士が次々に襲われるという事件が起こる。

感想(ネタバレなし)

孤独と絆。いろいろな形の「愛情」を描いたアクションエンターテイメント。

常々書いていますが、私は「友情モノ」と「家族モノ」に滅法弱いです。あっという間に懐柔され、感動して泣いてしまいます。ということで、「劇場版 境界の彼方-ILL BE HERE-未来篇」でもやられてしまいました。

テーマとしては散々語り尽くされてきたもので、「人は一人では生きていけない」や「他人の幸せを自分の尺度で押し付けるべきではない」などといったものです。ストーリーとしても普通のアクションムービーという感じで、新しさや驚きなどには欠けます。ただ、アクションやラブストーリー要素の他に、兄弟愛(姉弟愛?兄妹愛?)という家族要素が含まれていたので、「家族モノ」に滅法弱い私は泣かされてしまいました。

ストーリーの主軸は、秋人と栗山さんの関係です。アクション満載のラブストーリーという感じです。「過去編」よりもアクション要素を増やして、エンターテイメント性を高めにした感じの構成です。バトルシーンに興味が無い私にとっては、あまり嬉しくない構成になっていました。とはいえ、バトルシーンばっかりでキャラクターたちの心情描写が適当になっているというわけではありませんでした。それぞれのキャラクターにしっかりと感情移入しながら、共感しながら見ることができました。

ちなみに、私が一番好きなキャラクターは名瀬美月(なせみつき)です。
名瀬美月
的確な罵詈雑言による罵倒。普段クールに構えていながら、ちゃんとみんなのことを考えていて、ここぞという時にはアツく気持ちをぶつける隠れ情熱家さん。あと、かわいい。今回は制服の上にジャージを着ての登場で、これがまた最高にかわいい!!さらに妹キャラ!妹は大事ですよ!!!

美月の兄(シスコン)の名瀬博臣(なせひろおみ)も大好きです。妹のことが大好きなうえに、それを隠すこともなく表現する潔さ。周囲から見ればシスコンの変態ですが、兄としての責務を命懸けで全うしようとする本物のシスコンです。「妹萌え~」とか言ってる雑魚とは違います。
妹の美月は、兄の愛情をひらりひらりとかわしながらも彼女なりに受け止めて、兄を邪険に扱うようにしながらも、ちゃんと兄を慕っています。この兄妹は理想的な兄妹だと思います。
アニメにおける「妹」の表現にはうるさい私ですが、このふたりは納得の兄妹です。

映画のストーリーの話も、主軸である秋人と栗山さんの話にもほとんど触れずに兄妹の話ばかり書いていますが、つまりこの映画で重要なのは「兄妹愛」ということです。嘘です!ごめんなさい!
はじめに書きましたが、「劇場版 境界の彼方-ILL BE HERE-未来篇」では様々な形の「愛情」が描かれています。そのひとつが「兄妹愛」です。その他にも「親子」や「友人」、もちろん「ラブストーリー」としての愛情も描かれています。その「愛情」は、どんな「不幸」と引き換えにしてもつなげていきたいという、強い意志を感じさせます。少し陳腐な表現になりますが、「愛」の強さを感じさせる作品でした。

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの映画を見ていない方はご注意ください。


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美月と博臣の兄妹愛のことを散々書いてきましたが、「未来編」で私が一番心を揺さぶられたのは、博臣の姉である名瀬泉(なせいずみ)のエピソードでした。
全然関係ありませんが、「美月と博臣の兄弟愛」なんていう表現を美月の前で使ったなら、美月にどんな罵詈雑言を頂けるのかワクワクしてしまいますね!!

泉は異界士の名門である名瀬家の長女として、ずっとひとりで気を張って生きてきました。名瀬家を守るため、弟と妹を守るため、泉はずっとひとりで戦ってきました。自らの体に妖夢を取り込むことに同意するのも、家と弟たちを守るためでした。しかし、その妖夢(蟲型)は宿主の心の闇を餌にして増殖成長し、その宿主の体を乗っ取ってしまう妖夢でした(設定としては極めて陳腐ですが・・・)。「孤独」という心の闇に飲まれた泉は、異界士を次々と襲っていきます。

一方、境界の彼方が秋人の中に戻った後、姿を消した泉に変わって博臣が名瀬家の当主としてその責務を負っていました。その責務を果たす中で、博臣は「名瀬家」という看板の重さとプレッシャーを直に感じることになります。だから博臣は、名瀬家としての責務を差し置いて、闇に飲まれてしまった姉の元へと向かいます。博臣は姉と対峙して伝えます。

「俺は姉さんを追いかけてきた。ずっと背中を追いかけようとしてきた。でも違う。違ったんだ。その傷を知り、その闇を共にし、一緒に歩かなきゃいけなかったんだ!」

自分と同じ道を歩ませないことで、泉は弟の幸せを願いました。しかし、博臣は姉と共に歩くことを望みます。「愛情」や「自己犠牲」や「幸せの在り方」という語り尽くされてきたいつものテーマではありますが、心を揺さぶる良いエピソードでした。

もう一組、私が特に好きだったエピソードは、秋人の母・神原弥生(かんばらやよい)と秋人のエピソードです。
弥生は、いつもテンション高くふざけた言動ばかりなのですが、息子に対する愛情はやはり非常に強いようです。事情があって秋人と会うこともほとんどありませんし、たまに手紙を送ることしかできないようなのですが、言葉の端々から秋人への愛情の強さを窺うことができます。
秋人の家を訪れてオムライスを作る弥生ちゃんは、最高に優しくて可愛くて、そして母親でした。

栗山未来の母と神原弥生は面識があったようです。事情はよくわかりませんが、栗山さんの母は栗山さんが小さい時に死んでしまったようです。栗山母は弥生にお願いします。「私が死んだら、その亡骸で指輪を作ってください。私があの子を、あの子の愛する全てのものを守ってみせます。」
いつも栗山さんが小指につけていた指輪。あれは母だったようです。
呪われた血の一族として忌み嫌われ、多くの「恨み」や「呪い」や「憎しみ」を感じてきた栗山の家系です。しかし、その「憎しみ」を超える「愛情」があったからこそ生きていけました。「憎しみ」を超える「愛情」があったから、その人生を輝かせることができました。

家族モノに滅法弱い私ですので、これらの親子エピソードには完全にやられてしまいました。不愉快です。

散々「家族」をテーマに語ってきましたが、物語の主軸は秋人と栗山さんのラブストーリーです。
正直なところ秋人にはあまり共感できなかったので、私にとってはここのところはイマイチかなと思ってしまいました。秋人は栗山さんが呪われた一族としての使命を思い出さなくてもいいように、自らの希望に反して栗山さんとの距離を取ろうとします。それは秋人の優しさからくる行動ではあるのですが、誰がどう見ても「幸せの押し付け」にしか見えませんでした。どう見ても栗山さんが望むであろう「幸せ」ではありませんでした。

テレビアニメシリーズで、自分の望む相手の幸せと、相手が望む自分の幸せが一致しないことを、秋人は散々学んできたはずです。その続編である劇場版の序盤での秋人の行動は、「過去のことから何も学んでいない」と感じました。この辺りのところを共感できず、ラブストーリーとしてはイマイチかなと思いました。

全体のストーリーとしても「まあまあ」といったところでしょうか。「過去編」の感想に書きましたが、テレビアニメシリーズの最後で、消えてしまったはずの栗山さんが帰ってきた理由が全く語られませんでした。何の理由もなく「ヒロインだから死ななかった」というような、ストーリーの強引さを感じました。
ついでに言うと、泉に妖夢を仕込んだ藤真弥勒(ふじまみろく)を、都合の良い悪役として使いすぎていたように感じました。わかりやすい悪は物語を陳腐にします。もう少し敵役も掘り下げてあげるべきだったと思います。

こんな感じでストーリーとしては結構穴があるのですが、テーマを「愛情」に絞って見ると非常に良かったように思います。まあ、私は家族モノにやれてしまう傾向があるので、その点はかなり偏った意見ではあると思います。偏っているのはいつものことなので反省はしません。
偏っているついでに書きますが、常に兄につっけんどんな美月が時々発する「おにいちゃん!」の破壊力はハンパないです。今回の映画でも、いい「お兄ちゃん」頂きました!

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛するフリーライター。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない乱読派。
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