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映画「ヘルタースケルター」 蜷川実花




あらすじ(ネタバレなし)

超人気ファッションモデル・りりこを中心とした、美とエンターテインメントをテーマとしたお話。
りりこは全身を整形してトップモデルまで上り詰めるも、薬の副作用や仕事のストレスで、次第に心身を蝕まれていく。

感想(ネタバレなし)

ここからは沢尻エリカを絶賛する内容になっています。
沢尻エリカはずっと芋女優だと思っていました。清純派美少女として売りだされ、かわいいだけで演技はゴミの、いわゆるアイドル女優だと思っていました。
それがどうでしょう。ヘルタスケルターでの演技は、鬼気迫る最高の演技ではありませんか!デビュー当時に「よし!清純派でいこう!」って売りだした担当者は、激しく非難されても良いと思います。
もちろん、沢尻エリカがもの凄い努力と勉強をして、演技を磨いたであろうことは確かですが、清純派というイメージを払拭して、演技派に転向したことも大きな成功の要因だと思います。とにかく、一見の価値のある演技です。
オマケみたいになって申し訳ないのだけれども、桃井かおりも相変わらずクセのある良い演技をしていました。

映画のことを話しておくと、赤を基調にした派手な色使いが目立つ、蜷川実花っぽい映像になっています。それでいて、青を基調にした落ち着いたシーンや、モノトーンなシーンもあったりして、色に関してかなり印象が残る映像でした。写真家としての才能をふんだんに取り入れた、芸術性の高いシーンが多かったように思います。

原作は岡崎京子のマンガということなのですが、ストーリーは主人公の深層心理を深く描き出していて、深かったです。ブラック・スワンを思い起こしました。
それでいて、現代のエンターテインメントへの問題提起もしていて、社会派といってもいいくらいしっかりとした内容になっています。
公開当初、「沢尻エリカがエロい」ということでプッシュされていたのですが、この映画の魅力をそんなところで押してくるマスコミと宣伝にガッカリです。まあ、これはいつものことですが・・・。
なお、沢尻エリカはエロかったです。

芸術作品としても、エンターテインメント作品としても、社会派作品としても楽しめる、良い映画だったと思います。

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの映画を見ていない方はご注意ください。


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ここからも、沢尻エリカを絶賛する内容になっています。
この人は本当に精神疾患とクスリを経験したことがあるんじゃないかと思わせる、迫真の演技でした。
普段の傲慢で我がままで、それでいていつでもイライラしている自分を、カメラの前や人前では欠片も出さずにニコニコする。こういうことはプロのエンターテイナーならばいくらでも経験するだろうことなので、演技にも反映されるのでしょうが(あ、いや、沢尻エリカは一度やらかしてましたね。)、どんどん精神のバランスを崩しておかしくなっていく演技なんかは、おそらくかなりの努力と研究をしたのではないかと思います。または、本当に精神バランスを崩した期間があったのかもしれません。
クスリの中毒症状でピクピクするところなんかも、凄かったです。または、本当に・・・(以下略)

清純派時代の大根役者っぷりと、例の「別に・・・」の事件が原因で、「我がままで仕事のできないかわいいだけの子」だった私の沢尻エリカに対する評価は、このヘルタースケルターで二兆倍くらいになりました。

「大胆なエロ」で持ち上げられた映画ですが、エロは大胆でした。ですが、エロを押し出したというよりは、必要だからエロを入れたという印象を受けました。エロ無しではあの狂気は描けないでしょう。扇情的なエロとクスリは、狂気を描くには必要なものです。
扇情的と書きましたが、綺麗なエロもありました。監督の蜷川実花が写真家ですので、その辺りの写し分けというか映し分けは、さすがとしか言えません。

映像に関しては、本当にきれいでした。乱雑に見える自室も、色使いや配置に凄く気を使っていて、乱雑なのに汚く見えなません。赤やピンクなどの派手な色を使って、印象的なシーンをいくつも作り出していました。
それでいて、検事と水族館で話すシーンなんかは、落ち着いたトーンで、綺麗な青でした。
蜷川実花は目がチカチカするという人もいますが、私は好きです。

さて、ここまでストーリーに関してほとんど言及がなかったので、そろそろストーリーのお話をしようと思います。
主人公は元々はブサイクで、違法な全身の整形によって美を手に入れるも、その美を失うことをとても恐れています。自分が美しいからチヤホヤされていることを、しっかりと自覚しているのです。逆に、美しくなくなったら誰にも相手にされないということも自覚しているのです。
だから美しくあるために、苦痛や痛みに耐えていく。だが、その美しさも、エンターテインメントというショーの中で、商品としてただ消費され、自分の命を削り、そして最後には他の誰かへと取り替えられてしまう。現代のエンターテインメントの陰を映し出していました。

普通の女子高生たちが、「朝目が覚めたら超痩せてて、顔がりりこになってたらいいのにー!」など、努力も苦しみもなしに無責任に言う中で、命を削って美を消費者に提供していく。そして整形だということが発覚するやいなや、「えー!信じられない!裏切られた気分!」と手のひらを返す女子高生たち。彼女たちも、美が大きな努力の元に成り立っていると分かっていながら、努力するのは面倒だから夢だけ見る。その夢のために羽を散らしながら美を追い求める主人公。これがエンターテイナーの性なのかなと思いました。

もちろん映画はかなり極端な内容ではありますが、こういったことの小さい版みたいなのは、日常的にそこら辺に転がっているんだろうなと思います。欲望とエンターテインメント、そして女性の美しさ。その闇は深いようです。

最後に出てきた台詞が印象的でした。
「なぜ神は初めに若さと美しさを与え、あとから奪ってしまうんでしょうね。」
「そのふたつは同じではない。若さは美しさではあるけれど、美しさは若さではない。」
という感じの内容でした。蜷川実花が伝えたかったことかなと。
若くなくなっても美しくありたいものです。それは、「ルックスが良くてモテモテ」という意味ではなく。

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛するフリーライター。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない乱読派。
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