スカイ・クロラ

小説「スカイ・クロラ」 森博嗣




あらすじ(ネタバレなし)

戦闘機パイロットのカンナミ・ユーヒチが、人員補充のためにある基地へと配属される。出撃、戦闘、日常。同室となった土岐野尚史(トキノナホフミ)、整備士の笹倉(ササクラ)、上司の草薙水素(クサナギスイト)。カンナミは、人を殺し、仲間が死んでいく日常の中で生きていく。

感想(ネタバレなし)

淡々とした語りの中に、衝撃的な事実を何気なく挟み込んでくる、独特の雰囲気の小説でした。

あまり内容を覚えていないのですが、映画をずっと前に見ました。その時に「ああ、これはすごくいいな!」と思って、コツコツと原作シリーズを買い集めていたのですが、やっと第1作を読みました。映画を見た時も独特の雰囲気を感じたのですが、小説の方もかなり独特な雰囲気でした。

まず、語りが頑なまでに一人称です。感情も情景も完全にカンナミ・ユーヒチ視点です。そんな作品はいくらでもあるじゃないかと言われるかもしれませんが、そんなことはありません。ここまで「頑な」なのは、そうそうないと思います。
感情や情景に関してもカンナミ視点で描かれており、カンナミが常識と感じている視点からの観察が描写されています。しかしこのカンナミ君、明らかに普通の人間ではないのです。「戦争に行っていて、人の生死が身近にあり、そのために精神を病んでいった。」とか、そういうよくある話での「普通の人間ではない」ではなく、もっと根本的な部分で普通ではないのです。
したがって私たちは、普通の人間ではない人物が感じる「普通」を読んでいくことになります。

頑なまでな一人称視点によって、「どの部分が普通ではないのか」が全然説明されません。カンナミが頭の中で考えていることや、他の人たちとの会話の内容から類推していくことになります。結構衝撃的な事実が判明したりするのですが、カンナミ自身がそれを「当然のこと」と思っていれば、「当然のこと」として描かれることになります。この感じが非常に「独特な雰囲気」です。

全体的に文章が淡々としていて、この淡々とした感じが良かったと思います。余計な演出もなく、大げさな表現もありません。無駄がなくて好感が持てました。

ただし、あまりに淡々としすぎていて、飽きてしまう人は飽きてしまうと思います。私も途中ちょっとボーッとしてしまって、少し前に戻って読み返したりしていました。しかも、重要な部分までもが淡々としているので、うっかり行間を読み損なってしまいそうになります。先ほども書きましたが、なんせ全然説明がされていないので、この「行間を読む」ということは大変重要です。ボーッと読んでいると、「何も起こらずに終わってしまった。」ってことになり、物語の中に「何かが含まれていた」こと自体に気づかないなんていう、とんでもなく残念なことになりかねません。

つまりアレです。何も考えずにボーッと読んでいると、あっという間に置いていかれるっていうやつです。「ただ無心でエンターテインメントを楽しみたい」という人には不向きです。ダイ・ハードとかを見ることをお勧めします(私はダイ・ハード大好きです!)。「余計な説明がされていない物語の、行間を読んでいくのが好き」という人にはお勧めです。

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの小説を読んでいない方はご注意ください。


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さて、どうやらシリーズ第1作目にして、時系列的には最後ということなので、これからのシリーズで、物語の世界についてがどこまで説明されていくのかが楽しみです。
特に、「死にたい死にたい」と言っていたクサナギが、結果カンナミに殺されることを選ぶことになるのですが、このクサナギがどういうことを感じながら生きてきたのかが気になります。
作品中で一番好きだったキャラクターは、このクサナギスイトです。映画を見たはずなのですが、ビジュアルは全然覚えていなくて、攻殻機動隊の草薙素子(くさなぎもとこ)で脳内再生されました。たぶん名前が似ていたからです。

クサナギは、上司なのですごく上司っぽいんですが、喋っているところを見ると(読むと)、なんだか全然上司っぽくないんです。カンナミやトキノは、クサナギに対して、ちゃんと上司に話す時の口調なのに、クサナギはカンナミに対して、友達に話すような口調で話しかけています。これがかわいい。
「死にたいと、思わなかった?」とか、「なんて?」とか、「もしかして、君も殺してほしい?」とか、クサナギ自身が元パイロットなせいもあるのでしょうか、なんだか口調が近しい感じがします。言ってることは結構過激なんですけどね。

クサナギがどこまで本気で言っているのかわからないような雰囲気なのですが、最後まで読んだ結果としては、しっかりと本気で話していたんですね。物語の肝となる「キルドレ」が何なのか、「もう物語が終わるよ!」っていう段階になるまでほとんど語られなかったので、なかなか判断ができませんでしたが、ちゃんと分かってくれば、クサナギが本気だったことにも納得がいきます。永遠に生きる子供たち「キルドレ」。吸血鬼関係の物語ではよく語られる、「死なないことの苦しさ」の部分ということだったようです。

では、なぜ自分で死ななかったのか。これは恐らく、誰かに殺してほしかったのでしょう。自殺しなかったのは、「恐怖」からではなく、「誰かの手で殺されたい」という願望からだったのでしょう。森博嗣さんの「すべてがFになる」でも語られていましたが、「他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意志ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」ということだと思います。(すべてがFになるの感想はこちら

そもそも最初は(というより終盤近くまで)、戦闘機乗りが主人公の戦争モノとしてとして読んでいました。所々に違和感があって、何かあるんだろうなとは思っていたのですが、本当に終盤、三ツ矢碧(ミツヤミドリ)とカンナミが話をするシーンまで、物語の核となる部分が語られません。
しかも、あくまでもこの世界の状況を「常識」として見ているカンナミの視点からしかミツヤミドリの話を解釈していないので、実際の所は何なのかはっきりとは説明されません。この「いろいろな解釈の余地がある」状態が、きっと魅力的なんだろうと思います。

その終盤の部分で、「戦争をしている相手が誰なのか知らない。」と言っていたことから、現代で言う所の戦争と、スカイ・クロラの物語の中の戦争とは根本的に違うもののようです。そもそも戦争自体が「国と国」や「部族と部族」や「思想と思想」の戦いではないようです。戦争をしているのも民間会社ですし。どうやら戦争そのものを請け負うような民間会社があるようです。どこかから委託を受けて、その民間会社同士が戦争をしているように受け取れました。

この戦争がどういうシステムで動いているのか、これからのシリーズで明かされるのかどうかはわかりませんが、戦争そのものはあまりスカイ・クロラのテーマではないようです。むしろ、そういった状況下で生きるキャラクターたちその物ががテーマになっているように感じました。キャラクターがテーマっていうのもちょっと変な感じがしますが・・・。

これはミツヤミドリの意見ですが、「カンナミは、前任者のクリタ・ジンロウの生まれ変わり」のようです。
これもミツヤやクサナギが言っていたことですが(もしかしたらミツヤの予測が間違っているか、クサナギが嘘を言っている可能性もある)、死を望んでいたクリタをクサナギが撃ち殺したようです。クサナギが「クリタのことは好きだった。」と言っていたことから、これも「他人の干渉による死」をクリタが望んだ結果だと思われます。

しかし、パイロットとしての技術を保存するために、クリタは再生され、カンナミになったようです。
この話を聞くと、キルドレがどういう状況で死んで、どういう状況で生き返るのかということが曖昧になってしまって判断が難しいのですが(撃たれて落ちたパイロットは死ぬのだろうか?)、クサナギはそれを知ったうえで死を望んだのでしょうか。だとしたら茶番もいいところですが。仮にカンナミがクリタの生き返りだとしたら、クサナギはどんな気持ちでカンナミに接していたのでしょうか。
カンナミは「感情というものがよく分からない。」や、「周りの人間が気味悪がるから、そういう感情を抱いているフリをしていた。」というようなことを言っていたので、そもそもキルドレの感情原理というものがどういうものなのかも判断がつきません。「感情がわからない」のがカンナミ個人の話なのか、キルドレ全般の話なのかもわかりません。どうであれ、判断材料が完全に不足しています。

そんな不親切極まりない小説ではあるのですが、心に残るようなことがたくさん書いてある小説でした。

同じような毎日を延々と過ごしてきて、これからもずっと過ごすであろうことが予測できる中で、カンナミはそれでも生きようとしています。積極的に生きようとしていたとは言い難いですが、少なくともクサナギのように「死」を意識していなかったようです。同じような毎日でも、少しずつ違った日を生きていけると考えているようです。「いつも通る道でも、違うところを踏んで歩くことができる。」は、特に印象に残ったフレーズです。

これはミツヤのセリフですが、「戦うことは、どんな時代でも、完全には消えてはいない。それは、人間にとって、その現実味がいつでも重要だったからなの。」は凄くわかります。人々は平和を望みながらも、自分に被害の及ばない場所での戦争を望んでいるように感じます(もちろん全員ではありません)。悲惨な現実がなければ平和は維持できない。教科書で学ぶ戦争だけでは不十分。
特に、「戦争反対と叫んで、プラカードを持って街を歩き、その帰り道に喫茶店でおしゃべりをして、帰宅して冷蔵庫を開けて、今夜は何を食べようか、と考える・・・」という部分は、もの凄く痛烈なメッセージだと思いました。

スカイ・クロラの凄い所は、こういった痛烈なメッセージを、淡々とした文章の中に巧みに散りばめていることです。わからないことだらけのストーリーなのに、作者のメッセージなんかはしっかりと伝わってくる。本当に面白い雰囲気の小説です。

物語の最後では、私の大好きなクサナギスイトは死んでしまうのですが、その死んでしまったクサナギの描写が綺麗でした。いや、美しかったです。
死んでしまう(撃たれた)シーンは、短いフレーズを繋いでいく、フラッシュのような、スピード感を感じる面白い文章だったのですが、そのあとの死んでしまったクサナギの描写の美しさで、シーンが凍りついて止まってしまったような印象を受けました。死んでしまったクサナギの描写も短いフレーズで断片的に状況を描く書き方だったのですが、凄く静けさを感じるシーンでした。ここのシーンは私の一番のお気に入りのシーンです。

ということで、全くまとまりませんが、シリーズの続きを楽しみにしておこうと思います。どこまで謎が言及されるのか。謎は謎のまま終わってしまうのか。どちらに転んでも面白いことになりそうだと思っています。

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛するフリーライター。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない乱読派。
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