行人

小説「行人」 夏目漱石




あらすじ(ネタバレなし)

学問を生きがいにして生きてきた兄・一郎。一郎は妻の直(なお)の心が分からずに思い悩む。直の愛を確かめたいと思った一郎は旅行中に、弟の二郎に向かって、「直の節操を試すために、一晩直と同じ宿に泊まってほしい。」と頼む。
二郎は「馬鹿らしい。」と一蹴するが、その後二郎は、思いもかけず直と一晩を共にすることになり、そこで普段見ることのない嫂(あによめ)の姿を見ることになる。

感想(ネタバレなし)

息もつかせぬ緊迫したストーリー展開でした。

夏目漱石は大好きで、ちょいちょい読んでいるのですが、行人は一際緊迫感のある作品だったと思います。夏目漱石の長編はいつも序盤か中盤に退屈してしまうシーンがあったりするのですが、今回はまったく退屈することなく最後まで読めました。「次はどうなるんだろう、次はどうなるんだろう」という、ストーリーとしての楽しさもありましたし、それぞれのキャラクターが、どういう感情でこういった行動を取っているのだろうかといったことを考えるのに夢中で、あっという間に長編を読み進められました。
私は夏目漱石の「こころ」が大好きなのですが、「こころ」に続くくらい好きな漱石作品となりました。

ちなみに、この「行人」は夏目漱石の後期3部作と呼ばれる3作品の2番目の作品だそうです。読んだあとで知りました。(無知)
夏目漱石の後期3部作は、順に「彼岸過迄(ひがんすぎまで)」「行人(こうじん)」「こころ」となっているそうです。私は、期せずして後期3部作を後ろから読んでしまっているようです。

さて、こんなことも知らずになぜ「行人」を手にとったかというと、それはもちろん「言の葉の庭」という映画に出てくる、花澤香菜演じる美人国語教師・雪野百香里が読んでいたからですよ!(動機が不純)
言の葉の庭 行人言の葉の庭 花澤香菜
2枚目の画像の本はなんだろう?私、気になります。

さて、あらすじからも期待できるのですが、どんな逆ソロレートな修羅場展開が待ち受けているかワクワクしますね!ところが、テーマは逆ソロレートではありませんでした!!

念のため説明をしておくと、「ソロレート婚」とは、妻が死んだ後に、夫が妻の姉妹と結婚する制度のことです。
今回は兄・一郎の妻と、弟・二郎の関係があれやこれやするので逆ソロレートかと。(兄の一郎は健在です)

小説のテーマは、人と人の分かり合いと、その葛藤にあったと思います。このテーマを語るための前半のあれやこれだったように思います。

テーマその物も面白いですし、そのテーマを語るための前半のあれやこれも面白かったです。
先が気になりながら小さなお話を読んでいたら、いつの間にか作品全体の大きなテーマに引きこまれていたというような、小気味よいお話でした。(だが後味は悪い)

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの小説を読んでいない方はご注意ください。


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主人公は弟の二郎と思いきや、テーマの中心は兄の一郎でしたね!!

兄の心中が読者になかなか見えてこないのは、二郎を中心として物語が書かれていたからですね。「人の心は決してわからない」ことがテーマになっていたので、この「兄の心中がなかなか見えてこない」ことが肝だったりします。
しかも最後の部分でも、一郎の友人であるHから見た一郎の姿を、手紙という形で描くに留まります。一郎はHに対してはかなり率直な態度を見せていたので、手紙の内容は大方的を射ているはずと思いますが、最後の最後の部分は結局分からない。
ついでに言うならば、一郎はこの物語の終わったあと、「気づき」を手に入れられたのかどうか、完全に読み手に委ねる形となりました。

「気づき」に関しては、わかりやすい例を使って説明されていました。
香厳(きょうげん)という非常に頭の良いお坊さんがいたのだが、この人は頭が良かったがために悟りを開けなかった。長い年月をかけた末、「もう諦めた」と言って、悟りも学問もやめてただ暮らすことにした。香厳は地をならすために石をとって投げると、竹やぶにあたって良い音がして、この朗らかな響を聞いて悟りを開いた。

一郎の場合は宗教的な意味での「悟りを開く」とは違いますが、頭がいいところも、学問に入れ込むところも、究極を求めるところも、この香厳に合致していると思います。一郎は香厳のように、ある日ハッとするような悟り体験を得ることができるのか。なんせ最後のシーンでは、一郎は寝ちゃってますから、まったく分かりません。読者の思うがままにです。

物語の序盤から一郎は気難しいように描かれていましたし、二郎視線から見ると(読者から見ると)、我がままで自分勝手に映りました。
ただただ頭を使い、考えすぎ、どんどん先へ行ってしまう。それでいて、周りの人たちにその想いを理解されないことに腹を立てる。なのに、実践的には自分では何もできない。

当然ですが、それ故に、他人だけでなく、血の繋がった家族からも距離を置かれ、一郎自身も家族への信頼を崩していきます。Hからの手紙を読んだ後に思うと、一郎は本当にかわいそうに感じます。中盤までは「我がまま放題の面倒くさい男」と思っていたのに・・・。

それにしても、一郎の友人のHはすごい男だと思います。一郎との旅行中、一郎に結構派手に議論を吹っかけられたうえに、肩を小突かれたり、頭を打たれたりするのですが、それでもなお一郎を想い、旅を続け、二郎に向けて超々長文の手紙で状況報告をしています。家族にも打ち明けなかった一郎の心の底を、何ともなしに打ち明けさせてしまったり、何かを持っている男のように感じました。最初はいろんなことに無頓着で適当な男として描かれていたのに。

ここまでの話とは全然関係ありませんが、行人の中に出てくる女性は誰も彼(女)も虐げられ過ぎじゃないですかね。時代も時代だから仕方のないことかもしれませんが。一郎の家の下女のお貞さんが、会ったこともない佐野と結婚してしまうような時代でしたから。

一郎の妻の直が言っていた「妾(わたし)なんか丁度親の手で植え付けられた鉢植のようなもので一遍植えられたが最後、誰か来て動かして呉れない以上、とても動けやしません。」というセリフは、かなり印象的でした。当時の女性の立場を端的に表したセリフだと思います。周りに無頓着で、結構気ままにやっているように見えた直が言ったセリフだからこそ尚更です。
このセリフは、直がいろいろなことを諦め、これからの一郎との暮らしを覚悟したあとでのセリフではあるのですが、ちょっとショッキングなセリフでした。

一郎の「君は結婚前の女と、結婚後の女と同じ女だと思っているのか」というセリフもショッキングでした。いや、そりゃお互い様だろうがって。かわいそうだと思い始めていた一郎の株をガタガタに落とした、最悪のセリフだと思います。

結局直は、どのくらい二郎に対して本気だったのでしょう。
二郎と直は、和歌山の旅行中、ちょっと一緒に出かける予定でしたが、悪天候により思いがけず宿を共にすることになります。これはもともと一郎が二郎に頼んだことが発端ではあるのですが、「同じ宿に泊まって直の節操を確かめるなど馬鹿らしい。」と両断した二郎が、予期せず直の節操を確かめることになります。

しかしここで直は、「死ぬなら雷に打たれるとか、大水に攫われるとか、派手な方がいい。」と言ったり、停電していたとはいえ、二郎の前で帯を解いたり、「ここへ来て手で触ってごらんなさい。」と言ってみたり、かなり挑発的な言動をします。そりゃ読者としては「これは修羅場か?」とか「いよいよソロレートか?」とか思ったりもしますって。

クラシックな日本文学は、とにかく女性の恋愛感情が掴みにくくて辛いです。明治のことですし、実際に女性が恋愛に対してどれくらいの行動をとったのかがわからないので、比較材料がないのです。ですが感覚的に言って、直の行動はかなり積極的な行動のように読めます。結構ガチだったんじゃないかと思えます。

まあそんなこんなではありますし、二郎はなかなか一郎に「その日」のことを報告しませんし、一郎の病みは深まるわけです。あげく、父が「言葉を濁して適当な報告をした」という内容の昔話をしちゃったりもして、いよいよ不信深まるわけであります。ドンマイ!一郎!!(無理)

結構長いお話だったので、書き漏らしたことはたくさんあるのですが(二郎の友人の三沢の「み」の字も出ていませんし)、感想はこれくらいにしておこうかと思います。三沢の話も、入院していた娘の話も、細かいお話は結局、一郎のことを語る材料でしかありませんでしたし。

最後にお重の話をさせてください。夏目漱石の作品には、魅力的な妹キャラが多く登場します。今回も「お重」という、二郎の妹が登場しました。感情豊かで、拗ねたり笑ったり、それでも言うべきことはちゃんと言える女の子です。かわいいのです。
「それから」と「三四郎」に出てきた、「よくってよ、知らないわ。」のセリフを期待しましたが叶いませんでした。でも、「よくってよ。」は何度か言ってくれていたので、これで我慢することとします。

後期3部作で未読の「彼岸過迄」でも、素敵な妹キャラを期待したいと思います。

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛する一般人。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない濫読派。
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