夢十夜

小説「夢十夜」 夏目漱石




あらすじ(ネタバレなし)

10個の夢の話。それぞれの夢に関連性はなく、短い話のオムニバス。死に際の女と「百年待っている。」という約束をする第一夜をはじめ、幻想的な作品群。

感想(ネタバレなし)

不思議で幻想的で、少し物悲しさが漂う詩的作品でした。

夢十夜をどうジャンル分けするかというと、これは非常に難しいです。「夢の中」の話が語られるので、どの話もお伽話のようです。美しい表現が多く、詩のようでもあります。宮沢賢治を思わせるような小説でした。
夏目漱石がこういったタイプの作品を書いているのを知らなかったので驚きました。

私は特に第一夜の話が好きです。詳しい話はあとでネタバレありの感想で書きますが、最初の一行から最後まで、「なんて美しいのだろう。」と思いながら読みました。使う言葉や表現も美しいですし、物語全体に漂う純真で儚げな雰囲気も美しいです。

では、この美しさがそのあとの話にも続くかというとそういうわけでもなく、一夜一夜別々の雰囲気があって、それぞれの不思議さを楽しむことができます。きっちりとストーリーを終わらせる話もありますし、「え?これで終わり?」と思うような謎の話もあったりして、いろいろな楽しみ方のできる小説でした。

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの小説を読んでいない方はご注意ください。


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第一夜は、主人公が女の寝る枕元に座っていることろから始まります。女は死んでしまうのですが、死に際に「百年、私の墓の傍に座って待っていてください。きっと逢いに来ますから」と言います。
この百年を、太陽が上って沈むというものすごく単純な描写で描いているところが、童話のようなお伽話のような不思議な雰囲気を醸し出していました。最後は自分の目の前で百合が咲きます。

“自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ輝いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気が付いた。”

このフレーズは夢十夜の中で私が一番好きなフレーズです。あまりの美しさに心奪われました。夏目漱石の作品を読んでいて、こんなに詩的に感動したフレーズは初めてでした。とても素敵で、だからこそこの第一夜が私の一番のお気に入りです。

第二夜は、悟りを開こうとする侍の話です。和尚に焚き付けられ、何が何でも悟ろうと努力する侍の話です。「悟ろう悟ろう」と思うがために無心になれずに空回りする姿がコミカルです。「悟って和尚を殺す」という決心をしていたりして、なんともチグハグな侍です。最後は時計がチーンとなり始めて終わってしまいます。不思議な雰囲気だけを残して、結果は語られずに終わってしまいます。

第三夜は、自分の子供をおぶって歩く話です。その子供は目が見えません。主人公はこの子供をどこかに捨てていこうと考えます。子供は目が見えないのに、主人公に指示を出していきます。目的地に着くと、子供は主人公に向けて言います。

「御父さん、その杉の根の処だったね」「お前がおれを殺したのは今から丁度百年前だね」

自分が人殺しであったことに気付いた途端、背中の子が急に石地蔵のように重たくなって物語は終わります。唐突なホラー話です。最後のオチだけでなく、不気味な描写が多く、全体的に怖いお話でした。

第四夜は、子供が、ある爺さんのあとをついて行く話です。「手ぬぐいが今に蛇になる」と爺さんが言うので、子供は爺さんについていきます。爺さんは真っ直ぐ歩き、ついに川の中へと入って行きます。子供は向こう岸に再び爺さんが現れると思って見ていましたが、爺さんはとうとう上がってきません。
まさかの連続ホラー話でした。「ドカン!」っていう感じでビックリするようなホラーでなく、ジワジワとくる感じが良質なホラーです。こういう日本的ホラーは、私は大好きです。

第五夜は、戦で敵の大将に捕まってしまう話です。捕まってしまった主人公が「死ぬ前に一目思う女に逢いたい」と願い出ると、敵の大将は「夜が明けて鶏が鳴くまでなら待つ」と申し出を受け入れます。女は空を飛ぶ馬に乗って駆けつけようとしますが、「こけこっこう」という声を聞いて、馬の手綱を緩めてしまいます。馬は前にのめり、女と共に淵に落ちてしまいます。しかし、なんと鶏の鳴く真似をしたのは天探女(あまのじゃく)でした。
まったく意味のわからないストーリーなのですが、なんだか悲しくなるお話でした。誰も救われない。

第六夜は、運慶が仁王を刻む話です。仁王を刻む運慶を見て主人公は感心しますが、近くにいた男に「仁王が木の中に埋まっていて、それを掘り出しているだけだ。」と言われます。主人公は「そんなものか」と思い、自分も片っ端から木を掘ってみたが、どれにも仁王を蔵(かく)している木はありません。そして、明治の木には到底仁王は埋まっていないものだと悟ります。
こちらも全く意味のわからない話なのですが、時代の流れとともに人々は大切な物を失ってしまったというような印象を受け、面白かったです。

第七夜は、何処へ行くのかわからない船に乗っている話です。主人公は何処へ向かっているのか、いつまで続くのかわからない船旅につまらなくなり、船から飛び降りて死ぬことを決心します。しかし、自分の足が甲板から離れた瞬間に命が惜しくなり、後悔します。しかし、なかなか水面に届きません。主人公は何処へ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方が良かったと悟りながら、しかもその悟りを利用することができずに、無限の後悔と恐怖を抱いて黒い波の方へ静かに落ちていきます。
これは人生への教訓話のように感じました。失うことがわかって初めて大切さを実感するものだという教訓として受け取りました。主人公が飛び降りることを決めてから、最後の一行まで、淡々とした表現の中に恐ろしさが上手く埋め込まれていました。

第八夜は、床屋で鏡越しに外を眺めるお話です。髪を切ってもらいながら、あんなものやこんなものが見えたと言って、最後は店を出る時に金魚屋の金魚を見て終わりです。なんにもないストーリーですが、色(の描写)が鮮やかで綺麗でした。

第九夜は、戦が始まる頃に帰ってこなくなってしまった夫の帰りを、子供の世話をしながら待つ女の話です。女は子供をあれやこれやと世話をしながら御百度参りをします。子供がおとなしくしているときはよいですが、泣き出したりすると苦労しました。最後がなかなか後味悪いです。

“こう云う風に、幾晩となく母が気を揉んで、夜の目も寝ずに心配した父は、とくの昔に浪士の為に殺されていたのである。
こんな悲しい話を、夢の中で母から聞た。”

「殺されていたのである。」で終わっていればちょっと後味の悪い話ですが、「こんな悲しい話を、夢の中で母から聞た。」の最後の一言が後味の悪さを500倍くらい増長しています。

第十夜は、庄太郎という名の男が女に攫(さら)われて七日目の晩にふらりと帰って来たという話です。庄太郎は女と共に絶壁の天辺へ来ます。女は「ここから飛び込んで御覧なさい」と言うが、庄太郎は辞退します。すると女は「もし思い切って飛ばなければ、豚に舐められますが好う御座んすか」と聞きます。
え?何?豚に舐められますがようござんすか?ナニソレイミワカンナイ!!
もうね、何か読み間違えたんじゃないかと思いました。3回くらい読み直して、「なんでやねん」って思いながら読み進めたのですが、続きもなかなかエキセントリックでした。

女が言う通りに豚が鼻を鳴らしてやってくるのですが、庄太郎は持っていたステッキで豚の鼻を打ちます。すると豚は絶壁から下へ落ちていきます。次から次へと豚がやってくるのですが、庄太郎はことごとくステッキで打ち、豚たちはことごとく絶壁から落ちていきます。これがシュール過ぎて笑えました。まさか最後の最後にこんな頭のおかしい話を持ってくるなんて、完全に予想外でした。

という感じで、脈略も統一感もない幻想ストーリーが10個入ったオムニバスです。「なんだこりゃ?」っていうのも入っていましたが、全体的に夏目漱石っぽくない感じを楽しめました。パッと読めて、パッと雰囲気に浸れるお手軽感も良かったと思います。

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛するフリーライター。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない乱読派。
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