あらすじ(ネタバレなし)
フランケンシュタインによる死者蘇生技術が一般化した19世紀末、医学生であるワトソンが大英帝国の諜報機関の依頼でアフガニスタンへと向かう。屍者(死者蘇生技術によって蘇った死者のこと)の部隊と共にロシア軍を脱走した男・カラマーゾフを追ううちに、事態は思わぬ方向へと進んでいく。
感想(ネタバレなし)
伊藤計劃さんによる「原稿用紙にして三十枚ほどの試し書きと、A4用紙一枚ほどの企画用プロット、集め始めた資料」(文庫版あとがきより)をもとにして、円城塔さんによって書かれた小説だそうです。伊藤計劃ファンとして読み始めたのですが、当然ですが、文体もストーリー構成もあまり伊藤計劃さんっぽさはありませんでした。ほぼ、円城塔さんの小説として構えていた方が良さそうです。ただ、テーマや、お話の結末部分は完全に伊藤計劃でした。
新キャラが登場する度に失笑してしまったのですが(悪い意味で)、歴史上の人物と有名小説の登場人物がゴチャゴチャに登場して、かなり胡散臭かったです。主人公がジョン・H・ワトソンっていう時点で「なんじゃこれ」状態です。設定にフランケンシュタイン出てくるので、まあ仕方ないかなとは思うのですが。この胡散臭さのせいで、小説の魅力は50%減でした。
ストーリーに関しては、いくつかの勢力の思惑が複雑に絡み合っていて読み応えがありました。ちょっと複雑すぎて、途中付置いて行かれてしまった部分もあるのですが、こういったタイプのお話が好きな人にとっては堪らないでしょう。私は序盤と真ん中くらいでやや退屈してしまったのですが、終盤はグイグイ引きこまれました。伊藤計劃さんの着想を元に、円城塔さんがどんな答えを出すのか。楽しみながら読めました。
感想(ネタバレあり)
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主人公の名前が登場した時点で、「謎は解けたよ!ワトソン君!」ばっかりが頭の中を巡って大変でした。カラマーゾフにフョードロフ。ドストエフスキーじゃんか。かと思えば、エジソンとか西郷隆盛とかリットン調査団とかダーウィンとかがトンチンカンなキャラで登場したりして、新しいキャラクターが登場する度に突っ込みたくて仕方がなかったです。
大英帝国の諜報機関「ウォルシンガム」、屍者の部隊を率いてアフガニスタンに逃亡した「カラマーゾフ」、アメリカの民間軍事企業「ピンカートン」、フランケンシュタインが作り出した「ザ・ワン」、ザ・ワンの協力を得た「日本」。それぞれの思惑はすごく納得ができたし、行動原理も自然でした。それでいて、その思惑を複雑に絡ませながらストーリーが進められていて、圧感という感じでした。
それでもなお私は、この小説の素晴らしさは終盤にあると思います。そもそも、この小説のテーマである「自我」や「意識」について語られるのが終盤に差しかかってからで、そこまでは謎解きや旅の様子が中心でした。ミステリー小説の謎解きにあまり興味がない私にとっては、最後の部分以外はそれほど魅力を感じませんでした。もちろんその部分がなければ最後は語れないので、絶対必要な部分ではあります。なんというか、完全に私の好き嫌いの問題ですが、謎部分をそんなに複雑に語らなくていいから、早くテーマを語って欲しいと思ってしまいました。
この小説のテーマは「自我とは」「意思とは」です。途中までは、大きな意味で「魂とは」という形で語られていました。ザ・ワンによって、「人間の意志は、人間に寄生する菌株が作り出す幻想」と示されてからが真骨頂。その菌株にもいくつもの派閥があり、その派閥争いの結果が人の意思として現れるという設定。ただし、この菌株というのはザ・ワンの理論であり、小説の中でも真実かどうかは明かされません。ただ、菌株でないにしても、何かによって人の意識が作り出されているという認識はある程度一致している模様。伊藤計劃さんの前作「ハーモニー <harmony/>」のテーマとよく似ています。
つまり、「自分の意思は本当に自分のものか。」「その意思は他者によって決められたものではないか。」「自我とは一体何なのか。」という問いを投げかけています。
中二病かと言われれば中二病っぽいテーマではありますが、厨二上等、大好きです。
ワトソンと共に旅をしてきた屍者・フライデーは、ずっと指示された行動しか取らなかったのですが、エピローグで、自分の意志を持って話し、行動しています。果たしてその意志はフライデーのものなのか、作られたものなのか。