きつねのはなし

小説「きつねのはなし」 森見登美彦




あらすじ(ネタバレなし)

骨董品を扱うお店・芳蓮堂でアルバイトをする主人公が、天城さんという不思議な人物にお届け物をしてから巻き込まれる事件を描く「きつねのはなし」。

様々なドラマティックな経験をしてきた先輩との交流を描く「果実の中の龍」。

家庭教師のアルバイトをする主人公と、その教え子と幼なじみたちが、ある通り魔事件に関わっていく「魔」。

祖父の通夜の夜に、祖父が預けた家宝を芳蓮堂が届けに来る「水神」。

京都を舞台にした、不思議でゾッとするお話を集めた短編集。

感想(ネタバレなし)

最近めっきり少なくなった、ゾクゾクと込み上げてくる恐怖を感じる系のホラー作品。
完全にタイトルだけ見て買ってきた本です。「きつねモフモフー」などと浮かれて読み始めましたが、浮かれている場合ではなかったようです。

ということで、作者の森見登美彦のことは全く知らなかったのですが、「四畳半神話大系」や「有頂天家族」を書いた方だそうです。私は四畳半神話大系も有頂天家族もアニメで見たのですが、四畳半神話大系は大嫌いで、有頂天家族は大好きでした。なんとも振れ幅の大きいことで。そうして今回の「きつねのはなし」は、私が森見登美彦が好きなのか嫌いなのかを見極める、重要な作品となったわけです。

結論から言ってしまうと、私は森見登美彦作品は苦手のようです。まだ3作品目なので(しかも2作はアニメであって、原作ではない)、標本調査としては甚だ不備があるのだけれども、「四畳半神話大系」と「きつねのはなし」と、嫌いな作品が2作入ってしまっているので、これを覆すのはちょっと難しいかなと思います。

全部で4つのストーリーが入っている短編集だったのですが、どれも僅かな繋がりがあって、でも全然関係ないお話です。どのお話も完全に怪奇奇譚モノで、原因も理由も全く説明されません。「ただ現象として、そういうことが起こった」というスタンスです。「何かありそうだ。最後にはきっとちゃんとした説明があるんだ。」と思って読んでいると、結局何もなくてガッカリします。作者がどこまで考えて書いているのかもちょっと怪しくなるくらい何もありません。読者に丸投げなんじゃないかとも思えるほど何もありません。

良い点を挙げると、キャラクターの心情の変化が繊細に描けていたという点でしょうか。特に「果実の中の龍」では、先輩の苦悩と悩みとジレンマや、その先輩と付き合っていた女性の優しさともどかしさが繊細に描かれていました。

そして何よりも良かったのは、独特な恐怖感を感じさせる怪談話でしょう。古都の雰囲気を巧みに描写しながら、対象のはっきりしないぼんやりとした恐怖を描いています。
私は常々「ビックリすることと、恐怖を感じることは別のものだよ。」と言っているのですが、きつねのはなしでは正しく恐怖を描けていました。欧米のホラー作品の多くは、「バンッ!」って何かが出てきて「わっ!ビックリした!」っていうパターンが多いです。ですが、昔からの日本の怪談は、スペクタルなシーンも過激な描写もないのにゾクゾク怖いというものが多いです。この「ゾクゾク怖い」というのが本物のホラー作品だと、私は勝手に思っています。そしてきつねのはなしは、そのゾクゾク怖いタイプの作品です。

京都の街並みを描写するシーンが多く出てきました。実際の地名を出しながら、「どこからどこまで歩いた。」のような、本を読みながら京都を歩ける作りです。京都へは2回しか行ったことのない私は、あれやこれやと頑張って想像しながら読みましたが、実際に京都をよく知る人が読んだらもっと楽しく(怖いけど)京都巡りができるのではないかなと思いました。
ああ、京都行きたいですね!

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの小説を読んでいない方はご注意ください。


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散々「何もない。何もない。」と言っておりますが、謎やミステリーについては本当に何にもありません。謎を解こうとか、原因を探ろうなんて思っても無駄です。ただの怪談話です。初めから怪談話として読んで楽しむのが吉です。つまり、私は完全に読み方を誤りました。でも、怪談話と分かっていたら初めから手に取ってすらいなかったと思うので、私のせいではありません。悪いのは「きつねのはなし」という、いかにも可愛らしいタイトルです。(責任逃れ)

芳蓮堂という古道具屋も、最初の「きつねのはなし」で登場した謎の男・天城さんも、胴が長くて人のように笑うケモノも、それぞれの話の中にちょいちょい出てくるのですが、何の関わりも出てこないという酷い作りです。「果実の中の龍」では、先輩の話がすべて嘘だっということが分かるのですが、その嘘の中に天城さんのような人物や、天城さんが持っていた幻燈の話が出てくるので、「これは絶対何かあるな!」って思うのですが、その期待もあの期待もどの期待もことごとく打ち砕かれました。これはかなりストレスが溜まりました。

ただ、ホラーとしては非常に好感が持てます。
最初の「きつねのはなし」では、天城さんが本当に怖かったです。芳蓮堂の主人であるナツメさんには、「天城さんが何かを要求しても、決して言うことを聞いてはいけない。」と言われるのですが、主人公は、「電気ヒーター」を要求され、あげてしまいます。どうせ使ってない電気ヒーターだからと思ってあげてしまうのですが、そこから要求はコロコロといろいろな方向へ転がり、最後には主人公の彼女である奈緒子を奪われてしまいます。いや、奈緒子が捕らわれてしまいます。何やら別の次元の節分祭(お祭り)の中に捕らわれてしまったようで、実際にそこにある世界なのに容易には触れられない、祭りで浮ついているのに物悲しいというような、凄く不安定な気持ちにさせられて怖かったです。

物語全体として、この「不安定な気持ちにさせられる」ということが多くて、そこが怖さの理由かなとも思います。「狐の面」という小道具も使われていて、恐怖を増幅させてきます。
そういえばこの狐の面、ナツメさんともナツメさんの両親とも関係がありそうな代物だったのですが、結局何も説明されませんでした。何だったんでしょう。どのお話にも、この「あれは何だったんだろう(´・ω・`)」というものが多くて、しかもはなっから説明する気ないなっていうものが多くて、それが本当に嫌でした。説明しないことで「不安定な気持ち」を増幅させようとしたのでしょうか。私にはストレスでしかありませんでした。

なお、全然関係ありませんが、芳蓮堂の主人のナツメさんは能登麻美子の声で脳内再生されました。ありがとうございます。たぶん、有頂天家族の弁天様の影響です。弁天様大好きです。

2つ目の「果実の中の龍」は、先輩が大好きでした。「自分には何もない。」と思っていた先輩は、ある日「シルクロードを旅した。」という何気ない嘘をつき、嘘に魅入られてしまいます。「シルクロードを旅した。」はやり過ぎですが、自分の弱さを隠すために小さな嘘をつくということは、誰にでも経験があることだと思います。それで先輩には強く共感を抱きました。嘘に嘘を重ね、戻れなくなってしまう。それを知りながらも一緒にいてくれる先輩の彼女の瑞穂さんや、嘘をついていると分かったあとも話を聞きたがった主人公も、とても愛おしかったです。もちろんこんな偽りの関係が長く続くわけもなく、最後はそれぞれの道を進むことになってしまうのですが、それでもこの3人の間にあった関係は綺麗で繊細だなと思いました。

3つ目の「魔」は、一体何だったんですかね。例の胴の長いケモノの呪いですかね。結局通り魔の犯人は主人公だったわけですが、通り魔やっている間は自我を失っているようですね。過去に暴行事件を起こした秋月君も、ケモノの呪いにやられていたようです。最後は夏尾ちゃんとの一騎打ちになるところでお話が終わってしまいます。うん、ちょっと中途半端すぎかな。
このお話のメインのテーマは、剣道をやっている幼なじみ「夏尾、秋月、直也」の3人の関係性なのですが、少し離れたところからこの3人を描いていたのが面白かったです。主人公が家庭教師のアルバイトで教えている教え子の兄が直也です。ちょっと距離があったのでなかなか分からなかったのですが、最後には3人の間にある固い絆を感じられる爽やか青春物語となります(いや、怖いけど)。

4つ目の「水神」は、親子4代(いや、5代か?)に渡る歴史を感じさせる呪いについてでした。一番下の世代を主人公に置くことで、過去を遡っていく形で物語の全容が明らかになっていきます。このあたりでは完全に謎を解くことは諦めていたので、純粋にホラーとして読めました。序盤から「夜中に芳蓮堂が家宝を持ってやってくる」という設定が明らかになっていたので、ナツメちゃんを期待していまいたけどね!!結局ナツメちゃんだったかどうかも分からないのですもの。「もういいですよー」ってなるのも仕方のないこと。
こちらは結構派手に不思議現象が起こって、水がドバーってなったりして、「なんじゃなんじゃ!」ってなるような内容でした。明治時代の琵琶湖疏水の工事中に事故があって、その呪いみたいな話の流れになっていましたが、まあアレです、「なんじゃそりゃぁ」って感じです。親子間の微妙な関係のようなものも描かれていましたが、基本的には怪談話です。

ということで、タイトルから「モフモフ」なイメージをしていて、完全に痛い目にあったというお話でした。もふもふー。もふもふー。

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛する一般人。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない濫読派。
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