火車

小説「火車」 宮部みゆき




あらすじ(ネタバレなし)

職務中の怪我により休職中の刑事・本間俊介。彼のもとに遠縁の親戚・栗坂和也が、人探しの依頼をしにくる。栗坂の婚約者・関根彰子が突然失踪したと言う。
失踪の直前に、関根彰子が過去に自己破産をしていたことが発覚していた。本間は彰子の勤め先や、自己破産の時に頼った法律事務所に話を聞きに行くが、次第に他の誰かが関根彰子に成りすましていたという可能性が浮上してくる。
なぜ彼女は関根彰子に成りすましたのか。本物の関根彰子はどこにいるのか。カード社会の闇を描く社会派ミステリー。

感想(ネタバレなし)

最早手放せなくなったクレジットカード。その便利さの陰に潜む深淵の怖さを思い知らされる小説です。

初めて宮部みゆきを読んだのは「模倣犯」でした。その素晴らしさに感動して(映画版は酷かったですけどね!!)、宮部みゆきの小説を何冊か買ったのですが、「ブレイブ・ストーリー」「英雄の書」と、なぜだかファンタジー作品を2作続けて読んでしまいました。なので、これだけミステリー作家として名を馳せる宮部みゆきを、私は素晴らしいファンタジー作品を書く作家さんだと認識しています。特に英雄の書は、宮部みゆきという作家の、物語に対する姿勢のようなものが感じられて、大変興味深かったです。

そして、久しぶりに読んだ宮部みゆきのミステリー作品です。相変わらずの精巧さでした。
まず、犯人を追っていく本間と共にひとつひとつ謎を解決していくドキドキ感を、エンターテイメントとして楽しめます。そしてそれだけでなく、「クレジットカード」という身近なアイテムをテーマにして、社会の問題点を突いていく社会的な作品としても楽しめます。
「楽しめます」はちょっと違います。実際、すごく怖いなと思いましたし。

「バカな奴らがクレジットカードを使って、身の丈に合わない買い物をして、借金が返せなくなって苦しむのなんて、完全に自業自得じゃん。」と、私はずっと思って生きてきました。もちろんそういうバカな人間もいるのでしょうが、問題の根はもっと深い所にあるのかもしれないと、今は考えが変わっています。
このような、自分の考えや価値観に一石を投じてくる作品が私は大好きです。これからは自分の財布の中に入っているクレジットカードを、今までと同じように見られないでしょう。しっかり気を引き締めてカードと付き合っていこうと思います。

「そんな大げさな!」と思うかもしれませんが、私は確かにカードの怖さを教えられた読者のひとりです。
何が一番怖いかって、「火車」の連載が1992年なのですが、24年経った今でもそれ程状況は変わっていないということです。

お堅い話から始めましたが、火車の良い所は、このようなお堅いテーマを、ミステリーというエンターテイメントの中に溶かし込んでいる所です。

ファンタジーを読んでいる時にも思っていたのですが、宮部みゆきはキャラクターの心の動きをしっかりと受けてストーリーを進めていく作家さんです。なので、どのキャラクターにも自然と感情移入しながら読み進めることができます。それは本間に関わってくるキャラクターや、ちょっと話を聞くだけの端役まで、どのキャラクターも良い意味で人間臭くて共感できます。
ミステリーとしてしっかりと作り込まれているうえに、登場人物の行動に不自然さが全くありません。本当に良く作り込まれています。

人情に訴えている分、「火曜サスペンス劇場」臭が少ししました。しかし、最後は断崖絶壁でお涙頂戴な説得をすることはありません。ご安心ください。それどころか作中に、テレビに映る「断崖絶壁シーン」を登場させる茶目っ気さがありました。ちょうど「火曜サスペンスっぽさあるなー。」と思ってたところだったので、笑ってしまいました。

感想(ネタバレあり)

ここから先は、物語の核心に触れる記述があります。まだこの小説を読んでいない方はご注意ください。


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カード負債の怖さを、交通事故を例えにして語っていたシーンは、非常に説得力がありました。
確かに免許を取り上げたほうが社会のためになるようなドライバーはいるけれど、そうでない人が事故を起こして人を傷つけてしまったり、逆に事故に会って傷ついてしまうこともあります。「事故を起こすやつが悪い。」と一言で断罪することはできません。
道路の構造によっては防げたかもしれない。夜行バスの事故は、雇い主の努力で防げたかもしれない。事故には無数の要因があるが、それら全てをドライバーに押し付けてしまうのはどうなのだろうか。

作中でカードの怖さを語る弁護士は、カードも交通事故も同じようなものだと語ります。カードで借金を重ねてしまうのは、本人にももちろん過失はあるのだけれども、システム次第では多くは防げるものです。そもそも簡単に、意識せずとも多額の借金ができてしまうこと自体が問題です。
私も便利なカードをよく使っていますので、カードの無い生活なんて考えられません。だから、クレジットカードをなくすのではなく、多重債務者を少しでも減らすシステム作りが必要となります。

ちょっとの借金が雪だるま式に大きくなるという話は、よく聞いて知っていました。火車では、具体的な数字を示しながら、負債を大きくしていく人たちのことが説明されていて、説得力がありました。「ちょっとだけ」の先にある深い穴を意識しながら、カードと付き合っていかないといけないなと思いました。

さて、またしてもお堅い話から書いてしまいました。私はお堅いテーマが大好きなのです!なのです!

結論とすれば、親の借金から逃げ回っていた新城喬子が、「もう逃げられない」と思い、関根彰子に成りすまして生きていこうとした話です。関根彰子は既に新城喬子に殺されてしまっているのですが、じゃあそんな凶悪犯の新城喬子の心情が分からないかというとそんなことは全然無く、むしろ同情しまくりでした。
新城喬子にとっては、本人がした借金ですらなかったわけですし。原因は親の住宅ローン。学校も卒業できずに夜逃げして、やっと掴んだ結婚生活も破綻し、ついには身を売られてしまう。人を殺してでも自分の居場所を作ろうとした新城喬子の気持ちを、ありありと感じることができます。だからこそ少し火曜サスペンス劇場っぽいのですが・・・。

せっかく(殺人を犯してまで)手に入れた関根彰子という身分も、まさかの原因で破綻してしまいます。銀行員である栗坂和也と婚約して、「さあ、これからやっと幸せに!」と思っていた時に降って湧いた災難でした。
和也の勧めでクレジットカードを作ろうとして、本物の関根彰子が過去に自己破産をしていたということが発覚してしまいます。それはもう「血の気も引いた」ことでしょう。借金からやっと逃れたと思った矢先、偶然にもう一度「借金」が原因の災難に襲われたのですから。
喬子は痕跡を消し、一目散に逃げます。

ラストのシーンは、喬子が次に成りすまそうとしていた人物に会いに行くお店に、本間たちが喬子を待ち伏せに行きます。火車が火曜サスペンス劇場にならなかったのは、このラストのシーンで、お涙頂戴な説得シーンがなかったからです。断崖絶壁で会わなかったってだけではありません!
最後は、関根彰子の幼なじみだった本多保が、喬子の肩に手を置いて終わります。あとの展開は読者の想像次第です。保は喬子に会ったら最初に何を言うか迷っていましたが、そのセリフも書かれていません。この、終わらない感じの終わり方がとても美しく、だからこそ陳腐になりませんでした。素晴らしい!

なお、何度も「火曜サスペンス劇場」と言っていますが、テレビドラマでは「土曜ワイド劇場」で放送されたそうです。決して火曜サスペンス劇場や土曜ワイド劇場をディスってるわけではありませんです。あれは様式美というやつです。ラストがお涙頂戴なところが良いのです。

本間が調べていく中で、いくつか「それはないだろう・・・」と思うような推理が登場してくるのですが、本当にそれはなかったので安心しました。例えば、喬子が関根彰子の死体をどこに処分したのかを推理する件。喬子が、彰子の卒業アルバムを処分せずに、彰子の友人に郵送していたとことが分かり、本間は喬子が意外と人情深い所があると推察します。
保が、小学生の頃彰子と共に飼育係をやっていて、死んでしまった十姉妹(ジュウシマツ)を学校の校庭に埋めたことを思い出します。そして彰子は「私が死んだら十姉妹と一緒の場所に埋めてほしい。」と漏らしていました。人情深い所のある喬子ならば、もしかしたら彰子の遺体の一部をその小学校の校庭に埋めたかもしれない、と。

この推理の流れはやや突飛で、用心深いと思われていた喬子がそんな危険なことをするはずないなと思っていました。フタを開けてみたら、やっぱりやっていませんでした。現実的に考えて、やっぱりそれは無理です。

もうひとつ、彰子の失踪の少し前に、彰子の母親が階段から落ちて亡くなっています。本間はこれも喬子の仕業に違いないと考えていましたが、現場の状況から見て非常に難しかったです。金田一少年バリのトリックを使えばいけるのかもしれませんが、そうなれば最早マンガです。そう思っていたら、やっぱり事故死でした。しかし、火車の凄い所は、それがただの偶然の事故ということで終わらせなかった所です。
喬子は「ローズライン」という会社に務めている間に、同僚の片瀬という男を利用して、顧客情報を探っていました。その顧客情報を使って、自分が成り代われそうな人物を探していたのです。何人かの候補をリストアップし、彰子はその何番目かに挙がっていました。喬子は最初は第一候補に的を絞って行動を起こしていましたが、その計画が失敗してしまいます。そのタイミングで彰子の母の事故死のことを知り、標的を彰子へと変えたという流れです。事故は偶然だったが、それは奇跡的な偶然ではなかった。周到な計画を進めていく上に降りてきた、ちょっとした幸運という感じです。

物語全体がこういった、しっかりとした土台の上に作られていて安心できます。子供騙しのようなトリックもありませんし、アッと驚くようなどんでん返しもありません。ストーリーが進むごとに、読者はただただ納得していきます。どのキャラクターがどんなふうに考えて行動し、結果どのような流れで事件が推移していったのか、ただただ納得していきます。本間の捜査が進んでいくにつれて、読者も本間と共に事件の真相を納得していきます。

ストーリーとしても楽しめましたし、本間の周りのキャラクターたちも魅力的で、こちらも楽しめました。
本間の息子の智(さとる)は、心優しくもしっかりとした男の子で、非常にかわいいです。10歳という、いろいろと難しいことも考え始める年頃の男の子で、いろいろな疑問に真っ直ぐと立ち向かっていく姿勢に好感が持てます。
本間家にお手伝いに来る家政夫の井坂という人物や、本間の同僚の碇なんかも、かなりいい男感出てました。こういう信念のある男が智の周りにいるのなら、きっと智はいい男に育つだろうなと思いました。
その他にも、ちょっと本間が話を聞くだけのキャラクターなんかにも、惜しまずキャラ付けがしてあります。数ページ登場しただけのキャラクターなのに、「ああ、このキャラ好きだな。」と思えるほどに。誰にでもきっと好きなキャラが見つけられると思います。

全然関係ないのですが、今回の主人公の名前が本間俊介で、私が1つ前に読んだ小説「カシオペアの丘で」の中にも「俊介」というキャラクターが登場します。(カシオペアの丘での感想はこちら)軽く運命を感じました。
ですが!なんと「火車」の中には、「倉田」という名前の大企業が登場します。そうです!「カシオペアの丘で」の倉田俊介は、大企業「倉田」の創始者の孫という設定でした。結構運命を感じました。「カシオペアの丘で」も「火車」も、特に何かを意識して手に取った本ではありませんし、読む順番も完全に適当でした。なんという偶然か!
または、大企業に「倉田」と名付けるのが流行っていたか・・・。

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ぺんぎん

ぺんぎん の紹介

物語をこよなく愛するフリーライター。 物語ならば、映画、小説、アニメ、ゲーム、マンガなどなど、形態は問いません。ジャンルや作者に縛られない乱読派。
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